生きる。
高1の半ばである病気になった。
当時、原因不明。治療法も不明。
でも毎日高校には通った。
ありとあらゆる抗生剤を飲み、
身体中、点滴の跡だらけになった。
同じ箇所で打ってるとすぐしこりみたいになって打てなくなるから、
手の甲や、足の甲、打てるところ全部使って。
でも治らなかった。
毎日少しずつ悪化していく症状。
少しずつ増えていく包帯の面積。
体育は毎回見学。
どんなにしんどくても定期テストはやってくる。
そんな高校2年の冬。
長いこと美容院に行けてなくて、
行きたくなくて。
家族に長い髪を切ってもらった。
不揃いの毛先が肩のあたりではねてるのを見たら、
なんでわたしだけこんな目にあうんだろうって、
泣けてきて。
病気になって初めて泣いて。
痛いとか、治療が辛い、とか、そういうんじゃなくて、
「治らない」ってことが辛かった。
もうこのまま治らずに、いつか病気で死んじゃうんだったら、
もう、今死んでしまおう、って思って、
庭に出た。
家のすぐそばにある川に行こうって思った。
昔遊んだ川。
あそこに入ったら死ねるかな、って思ったら。
もっと悲しくて。
庭でしくしく泣いてた。
そしたら母が、
「優香がいない」って探しに来てくれて。
庭で泣いてるわたしを見て、母が、
「優香、あと3ヶ月で治るから」って言った。
治るから。だから、
「あと3ヶ月だけ頑張って」
って言った。
そして、病気は治りました。
3ヶ月後綺麗に。
心や体の傷跡が消えるのははもう数年かかったのだけれど、
「治らない」って思ったものが「治るかもしれない」ってなって、
本当に「治った」って、奇跡みたいに思えた。
わたし、治ったよ、って。
3ヶ月で奇跡が起きた!とかいうわけではなく、
「これが効かなければもうお手上げです」っていう、最後の治療が効いた。
でも、
あのとき、「あと3ヶ月だけ頑張ろう」って思えたから、なんか体力とか気力とか運とか総動員して、
完治までこぎつけたんじゃないかなって思ってる。
「死ぬんだろうな」から、「生きる」にベクトルが変化した瞬間。
母も、庭で泣いてるわたしをみて、「この子を絶対に3ヶ月で治す」って思ったんだって。
3ヶ月に根拠はなかったけど、絶対に3ヶ月で治してみせるって。
(ありがとう〜〜。)
当時のことを思い出すことってもうほとんどないけど、
たまにふと思い出すのは、
庭で泣いてる16歳のわたし。
だいじょうぶだよ、治るよ。
その後も結構いろんなことあるけど笑、
以外としぶといよ、って。
あと3ヶ月、頑張ってみて
って。
その言葉があのとき、母の耳に届いたのかもしれないね。
なんて思ってる。
病気したから強くなった!とかはなくて、
甘ったれは相変わらずのまま。
大人になった君は、行きたかった海外にもいっぱいって、
恋もして、
大好きなひとたちもいっぱいできて、生きてるよー。
よかったね♡
旅する調香師Yuka
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